……以上が妹の手記の全てだ。インクが滲んでいたのは恐怖の汗によるものか、それとも悔恨の涙によるものか。とにかく滲んでいた。
手記が、妹が語ることはもう、ない。
その代わりとばかりに一つの警察の資料を読むことにする。
『XX市XX村地区XXX山荘殺人事件に関する報告書』
二〇〇五年十一月三日から四日にかけて事件が発生。
インターネットサイト『DDDD』が主催した合宿にて、凪原朱歌と糸乃森白雪二名の他殺死体と、在木満の自殺死体が発見された。
発見者は山荘の管理人である井村克氏、五十三歳。事後連絡がないのを不審に思い、同月八日の午後二時ごろ同市内の派出所に通報した。なお、山荘周辺は携帯電話を含めて、あらゆる通信系統が不通であることは確認済み。
被害者の所見は以下の通り。
凪原朱歌(ハンドルネーム・赤マント)。女性。二十六歳。フリーター。XX県XX市内のアパートにて一人暮らし。
遺体の発見場所は、山荘裏手にある湖。死因は頭部殴打による失血死。また、殺害に用いられた凶器としてシャベルを回収済み(その所見に関しては後ほど供述)。
遺体の腐食具合、胃の内容物等の状況から、十一月三日未明から午前十時ごろの間に殺されたと思われる。
糸乃森白雪(同・白仮面)。女性。二十四歳。XX社の庶務課所属第三係所属。XX県XX市内のアパートにて一人暮らし。
遺体の発見場所は、同じく裏手にある湖。死因も同じく頭部の殴打による失血死。凶器もまた、同じシャベルが用いられたと思われる。
死亡推定時刻は同月四日午前二時から午前十時の間。
在木満(同・月)。女性。十八歳。XX大学社会学部一年生。都内のXX区にて、両親・兄とともに同居。
遺体の発見場所は、同じく裏手にある湖脇の木。死因は頚部圧迫による窒息死。ロープ等の現場に残された証拠品や死亡状況から自殺と推定される。
現場には本人が書いたと思われるメモ帳が残されており、現在筆跡鑑定中。内容は極めて信憑性が乏しく、その逸脱性も含めて考慮すると、何らかの精神的病理を患っていた可能性がある。
凪原・糸乃森ともに、頭部の殴打は顔面や歯形の判別が困難なほどで、殺害動機は一過性のものでない怨恨であるか、あるいは偏執的な殺害方法によるものと思われる。両者の犯行内容が酷似しているため、同一犯による犯行である可能性が高い。
シャベルから凪原・糸乃森両名の血液が採取されており、殺害に用いられた可能性が高い。また、シャベルが在木の自殺場所に、メモ帳とともに残されていたことから、在木満が一連の事件の最有力被疑者であると推定される。在木は二日の午後二時以降、XX駅で友人と別れてからの明確な存在証明がなく、またこのような状況下での殺害に至る動機を持つ者が、他に特定できない。
事件現場に残された証拠品以外の判断材料がなく、目撃証言等も望めないため、捜査には難航が予想される。事件状況も極めて異例であり、警察庁の専門の犯罪分析班の派遣が必要と思われる。現場に残された証拠物品1〜72のリストは以下の通り………………
さて。
私はまたしても、混乱している。
妹が殺したか否かはさておくとしても、一つだけどうやっても解決できない絶対矛盾が、明確に存在しているのだ。
………そう、赤マントこと凪原朱歌の死亡推定時刻だ。
妹の手記を見る限り、
だが、優秀な日本警察の報告書を見れば分かるように、
———
妹がともに出会い、話し、食事し、殺害を目撃し、そして殺した存在は、死体なのである。
妹の手記にもこう、書かれている。
『———まあ、死んだ人間だから仕方がないか。死刑だって意味がない。だって死んでるから。そう、赤マントは死んでる。ゾンビなのかそれとも吸血鬼なのか分からないが死んでるのは間違いない。冷静に考えてみればわかるでしょ? ————』
わからないよ、満。
ああ、わかるものか。だって、死体だぞ? 人を殺し、そして他ならぬお前が殺したものが死体だったなんて、思えるわけがない。殺人と死体損壊じゃあ、まるで罪の重さが違うんだぞ。
———でも、もし死体損壊なら。
背筋に不気味な蛇が、ぞろぞろとのたくり回るのが分かる。恐怖という名の蛇だ。それが脳裏まで這い上がってくる。
———もし、赤マントが死んでいたなら……?
死体が人を殺すなんて、それこそ吸血鬼だ。赤マントとは本来、大人が子供を脅すときに使われる、存在しない怪人のはずだ。ありえない。虚構が現実を侵食するなんてありえない——そう、一笑に付すことができるか……?
妹の最後の願いを思い出す。
『———願わくば、どうして赤さんが白さんを殺す必要があったのか真実の全てを見つけ出してください』
それに兄の私から、一つだけ願いを付け加えよう。
妹が何を殺してしまったのかどうか教えてください。
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